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ひろしま食物語 ひろしま食物語

何年たっても仮説と検証の繰り返し

2019年1月執筆記事

福山市内海町田島
マルコ水産

兼田 敏信

 マルコ水産の創業者であり、ここ田島で海苔の養殖を始めたのは、現代表兼田敏信さんの父親である四郎さん。1 9 9 2(平成2)年に敏信さんが受け継ぎ法人化した。
 創業時、この辺りは広大な干潟で、次第に海苔の養殖も盛んになっていったが、大手製鉄所が福山に進出してから干潟が減り、撤退する業者が増えていったという。現在田島で海苔の養殖を続けているのは8業者。「あれがなければ有明に負けんくらいの産地になっとったかもしれんなぁ」と敏信さんはつぶやいた。
 海苔のおいしさを評価する指標の一つは「甘み」だという。現在マルコ水産の商品は全て自社で加工しているが、つい最近までは別の会社で味付けしてもらっていた。その際、同じように味付けしてもなぜかマルコ水産の海苔を使ったものが一番おいしいといわれていたという。
 そういわれてほかとどこが違うのか、敏信さんなりに考えてみたものの、明確な答えは出ない。それでも一つの仮説として…と敏信さんは続けた。「毎日網を切り取って顕微鏡で観察しているが、干しすぎると海苔芽の痛みがひどくなる。それに気づかず数日続けて干し過ぎてしまうと、せっかく育っている芽が飛んでしまう(なくなってしまう)。飛んでしまったその芽が、実は一番おいしい芽じゃないかと思う。だからその芽を飛ばさないように、昨日よく干した網は今日は早めに下ろす。あくまでも仮説に過ぎないが、海苔の健康を一番に考えてよく観察することが大きな違いになるんじゃないかなぁ」。
 海苔にとって干出の加減は命に関わる問題。だからこそ、育苗期間のおよそ20日間が勝負だという。「今育てている品種は大きな一次芽が飛んでも小さな二次芽が出る。だから極端な時は、うちが16~17日で育苗を終えて冷凍入庫しても、よその業者は25~26日もかかっていることがある。同じ品種でそんな現象が起きるということは、種が伸びてこないからではなくて、伸びている大きな種を殺してしまっているからではないか。だから一次芽から育った本来の『一番海苔』になっておらず、そこで味の差が出ているのかなと思う」。
 一次芽とは一番最初に生長して摘まれる芽。これを使用したものが、海苔の中でも最も高品質とされる『一番海苔』となり、一番摘みの後に伸びてくる芽が二次芽、その次が三、四…と続く。一番海苔は一般的に甘味が強くてやわらかく食感が良いといわれている。二番、三番と葉肉が厚く硬くなり、だいたい五~六回で摘み終わるというが、過去にマルコ水産では十一まで摘んだこともあるとか。
 敏信さんは最初に育った元気な海苔が死んでしまわないように、毎日欠かさず芽の状態を確認する。たとえば干出後に網を観察してみると、同じ網でも糸と糸が交わる節目は黒ずみ、海苔が残っているのが分かる。それ以外の白い箇所は干出で海苔がなくなっている。「同じ網でも違いが出る。乾かしている時、高い位置と低い位置でも乾き方が違う。そこらへんに無神経になったらどうなるのかということ。人間の赤ん坊を育てるより難しいかもわからん(笑)」と編集部に網を見せながら敏信さんは丁寧に説明してくれた。
 敏信さんが海苔の養殖に携わるようになって30年。それでも敏信さんは「30年といえば長いようなけど、たとえばこの作業も一瞬。今日この大きさの芽は明日にはもうない。ということは、30年続けていても、たった30回しか経験していないということ。その中でいろんなことを自分で学んできた。何も考えずに同じ作業を繰り返せばできるとか、時期が来たら始めてとにかく干しておけばいいとか、それだけでは今以上においしい海苔はできない。品質に違いが出るとしたらそういった姿勢からではないか」と一年一年を大切に海苔と向き合っている。

 敏信さんは海苔の養殖に携わる前、10年ほど福山市内でブレーカーやメータや電力計などを製作する会社で、自社製品の製作などに携わっていた。30歳になる頃、父親の四郎さんからそれとなく家業を継ぐことを勧められ、敏信さん自身もこのまま会社勤めを続けるよりは、自ら考えて何かできる方が面白いのではないかと考え、田島に帰り「海苔師」として生きることを決めた。
 妻の緑さんと出会ったのは会社員時代。26歳で結婚し、田島に戻ることを決めた時には長男の寿敏さんと長女の佳織さんは生まれていた。「(緑さんに)海苔師になると伝えた時は特に何も言わなかったけど、ちょっとは考えるところはあったのかもしれんな(笑)」。
 その後は「よその飯を食べていない人間よりは、いろんな角度から物事を考えられる気がする」と敏信さん自身が認めるように、さまざまなひらめきとアイデアでマルコ水産を引っ張っていくこととなる。
 海苔師になった当時を「苦しいことの連続(苦笑)」と振り返る。敏信さんが帰るまでは、海苔は家庭消費が主体だったが、次第に大型スーパーが増え、コンビニエンスストアではおにぎりが主力商品となり、海苔の消費の主体は家庭から小売り業へ移行。それとともに、かつては高値で売れていた海苔も、徐々に値が下がっていった。
 「それでも良い時代を知っている周りの人たちは、安くなっている事実になかなか気づかず、気づいても、また昔みたいにそのうち単価が上がるとのんきに構えていた。逆に良い時期を知らない自分は、こりゃあ、どうにかせんといけん。人に値段を付けてもらうばかりではどうにもならんと危機感を覚えて」。
 とはいえ、思いきった手を打つだけの資金もなく売るすべも知らない。そこで、まずはなんとしてでも量産体制を整えなければと敏信さんは考えた。そんな時、ちょうど性能の良い機械を入れるチャンスが訪れ、導入したことで若干業績が持ち直した。しかし海苔の価格低下は続き、対策がなかなか追い付かない。漁場も量産できるほど十分にあるわけではなく、苦しい時代がまたしばらく続いた。
 そのうちまた性能が良い機械を入れるチャンスが巡ってきた。それならば漁場もなんとかしないとと徐々に規模を拡大しながら、今に至っている。
 ちなみに敏信さんは工業高校出身ということもあり、もともと機械いじりが好きだという。前職で培った機械に関する知識と技術に敏信さんの趣味が合わさって、マルコ水産の工場は敏信さんの「お城(遊び場というべきか?)」と化している。広々とした場内の至る所に工具が積み上がり、何本も同じドライバーが山積みになっているのも見受けられる。端から見れば煩雑にしか見えないのだが、敏信さんは「どこに何があるのかはちゃんと分かっとる」と自信満々。
 そんな敏信さんのおかげで、マルコ水産ではちょっとやそっとの機械の故障でうろたえることはない。陸での加工まで手がける海苔の養殖において、機械の故障は深刻な問題。修理業者に頼めば数日間かかるものも、敏信さんの技術のおかげで最低限の停止で済むのは強みだ。今現在、敏信さん以外に機械に詳しい従業員がいないので、その強みをどう受け継いでいくかも課題の一つとなっている。

 現在の敏信さんの目標は、昔から温めている「自社加工」の実現。自分で作った商品を、自分で売っていくこと。現在も一番海苔を使った自社商品を作って販売しているが、現在自社加工に使っているのはマルコ水産で作る一番海苔の2~3割程度。それを最終的には10割にするのが目標だ。
 敏信さんが自社加工に目を付けたのは、昔は単価が高かった一番海苔も、小売りが低調になってあまり高値が付かなくなったことから。それなら自社で作り、自分たちが付けた価格で販売したいと考えた。おいしければきっと買ってもらえるはずだと信じて。
 そこで福山市のブランド育成事業を活用して、一番海苔を使用した佃煮を作ることに。敏信さんの次男純次さんは大学卒業後福山市内で料理人として働いていたことから、海苔師になるために戻ってきた純次さんに佃煮の開発を任せることにした。市の事業ということもあってあちこちから取材が舞い込み、自然と周囲から盛り上げてくれる雰囲気が醸成され、一番海苔の佃煮は好調なスタートを切ることができた。
 さらに、自社商品をインターネットで販売できないかと考えた敏信さんは、出産を機に田島に戻り会社の事務を手伝っていた長女の佳織さんを連れて、中小機構が開講していたeコマースの講座を受講した。その時の講師に現在のオンラインショップの構築を依頼し、その講座を機に中小機構が百貨店とのパイプをつないでくれたことから、いろいろな商談会に声がかかるようになった。
 先ほど少し触れたように、コンビニのおにぎりやお弁当などをはじめ海苔の需要が高まったのとは反対に、海苔の生産量は減少している。原因は温暖化や海の栄養不足などの環境問題や養殖業者の減少などが考えられるが、このことから全国的に海苔不足に陥り、価格は高騰している。海苔の価格は買い付け業者の入札で決まる。板海苔の状態で、味はもちろんだが色つやを見られるというが、実際には色つやとおいしさは比例しないこともあるそうだ。
 ちなみに海苔の全国生産でトップシェアを誇るのは、有明で知られる佐賀県と福岡県を有する九州地方で約6割、瀬戸内海はそれに次いで2位の約3割となっている(兵庫、香川、岡山、徳島、広島、愛媛、山口、大阪を含む)。全国の名の知られる産地は多くの養殖業者に支えられている場合も多いが、一業者としての生産量に関しては、マルコ水産は全国でもトップクラスを誇る。
 海苔の養殖は、海で育てるだけでなく、板海苔にして完了する。だから当然工場にかかる設備投資が必要で、国の補助金を入れながら小さな業者が数件集まって協業しているケースも少なくないというが、田島では各業者が自社で工場をもっている。海苔を取り巻くさまざまな厳しい状況下で広島県内の海苔養殖業者の廃業が相次いだ中でこの地域だけが残ったのは、大規模化して、海苔の価格が低下してもそれに見合うようなコストに合わせていったからだと敏信さんは分析する。同時に「田島にはやり手が多かったといえば聞こえはいいが、多くの借金を抱えて、やめようにもやめられんかっただけかもわからんが(笑)」と笑う。
 今は価格も上がり、この状況だけ見て「海苔はいいね」といわれることもあるというが、試練の時期に耐え忍び、打開策を見出そうと先を見据えて知恵を絞った人たちは、ただ手をこまねいていただけではないからこそ今があるのだということを、声を大にして伝えたいに違いない。
 今は海苔不足のため単価が上がっているが、商社としては何とか安く手に入れたいところで、最近は韓国や中国から安い海苔が入りつつあるという。そうなるとまた国内産の海苔は打撃を受けることになりかねず、だからこそ「自分で値段を付けて、価値に見合う値段で売っていける状況をつくっておかないといけない」と敏信さんは言う。
 さらに「おいしくないものは広がらないが、おいしければどんどん広がる。うちは生産者であり商売のプロではないから、素人が商売するならロングセラーになり得る商品で対抗しなければ続かない。
 大手のように手を替え品を替えということはできないから。だからリピーターがついてくれて長く続くものを作ろうと考えている。自分の育てた原料の魅力を最大限に発揮できるような」。
 一番海苔を100%自社で加工販売するという目標を達成するには販売網を広げなければならないが、販売先はしっかり吟味する。「一番海苔というのはわずかしかとれないのだから、大事に売っていきたいし、大事に扱ってくれるところ、喜んでくれるところに託したい。今までもそうしてきたし、これからもそうしていく。顔が見えないところには渡せない。そこを軽視すれば、格安の業者と同じ土俵に乗らされてしまうから」手塩にかけて育てた大切な海苔だから、最後まで大切に届けたいと願うのはごく自然なことである。

 「工場がフル稼働しないといけなくなって仕事に追われる時が1番面白い。そんな時は日曜も土曜もないけれど、そこで休んでいるようでは豊作とはいえない。海苔は作れる期間が限られているだけに、シーズン中はみっちり動かさないと。そうしないと採算が合わないようになっとるし。工場を動かせるのはわずか60日程度、長くてせいぜい70~80日だから」と敏信さんは勝負師の顔を見せた。今年もそんなシーズンが訪れることを願う。

マルコ水産公式サイト
https://www.maruko526.jp/

マルコ水産 店舗

広島県福山市内海町イ1428-128
Tel.084-986-2418
営業時間9:00~17:00

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。