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ひろしま食物語 ひろしま食物語

阿部農園ファン待望のシーズン到来

2022年7月執筆記事

三原市大和町
阿部農園

阿部 雅昭

 7月12日、収穫の様子を見せてもらいに農園へ。向かう途中にパラパラと雨が落ちてきて少し心配したが、到着までには止み、ホッとした。基本的には雨天でも収穫するが、あまり激しい雨だと宅配便が引き取りに来られなくなるため、そうなると中止になる。そんな日は加工用の桃を処理するなど、それはそれで忙しいという。
 農園入り口には、前回は見られなかった「直売」の看板が。前日に出したばかりとのことだが、すでに今シーズンの問い合わせは数多く寄せられているそうだ。作業場の前には販売所が設けられ、ここ大和にも桃の季節が開幕! そんなワクワク感がこみあげる。ということは、阿部さんたちはこれから9月まで休みなく収穫作業が続くということでもあるのだ。
 農園も様変わり。4月の取材時にはほぼ満開で桃色に染まった光景が印象的だったが、この日、木々には袋をかけられた果実がぶら下がり、葉の深緑に袋の白色やオレンジ色が映える。取りごろの200〜300グラムの桃をいくつも支えている枝はその重みでしなり、地面に届きそうになっている箇所も。今年は花が咲く時期に暖かかったためたくさん実り、袋かけは6月半ばから7月7日までかかったという。上に向かってスッと伸びている木と、低姿勢で横に大きく枝を広げている木があるが、前者はまだ若い木で、後者は年季の入った木だそうだ。
 肩からバケツをぶら下げた阿部さんが袋のミシン目を開き、色を見て、手触りで桃の熟し具合や状態を確認。取りごろと判断すれば袋のままもぎとり、一つ一つバケツに入れていく。とりごろの判断基準を聞いてみた。「桃は4対6くらいの割合で片方から大きくなっていくので、左右のバランスが偏って、最初はおむすびのような形をしています。それがだんだん5対5と均等になって、熟すときれいな丸になります。あとは色で判断しますね」。編集部も試しに一つとらせてもらった。はさみを使わなくても、素手でパキッと簡単に枝から離れる。ある程度バケツにたまってきたらトラックに運び、香代子さんが袋を外してコンテナに並べていく。
 9 月がピークとなる阿部白桃の様子も見せてもらうと、この日に収穫した日川白鳳に近い大きさに育っていた。しかしまだまだ成長して、最終的には500グラムは超えるそうだ。それほどの大物には、普段スーパーなどではなかなかお目にかかれない。
 ほかにも11月に収穫予定のもの、白い桃を作るため遮光性の高い袋をかけたもの(赤と白の桃をセットで買いたいという要望が増えたため、今年は3000個も増やしたのだとか。同品種での赤と白の味の違いはないそうだ)、毛がなくてつるんとしているネクタリン、新品種として世に出せるかどうか実験中のものなど、阿部さんの探究心は尽きることなく、多種多様な桃を育てている。中には両手のひらほどの大きな桃も。さて、見ていると食べたくなるのが食いしん坊というもの。「それはおいしゅうないよ」と阿部さんに忠告を受けたにも関わらずかじりついた桃は、やはりなんともいえない味だった。
 収穫する木は半分程度とったら翌日は取らず、翌日は別のエリアの木を収穫して、またその翌日にとるというように、交互に収穫する。1日空ける間に桃がまた大きくなるからだそうだ。
 おいしい桃を食べたいのは人間だけではない。ケモノたちも狙っている。ある木はタヌキによって丸裸にされてしまったそうだ。カラスもやってきて質が良いものからつついていくので悩みのタネとなっている。阿部農園には2羽のカラスが住み着いているらしいが、香代子さんいわく、あえてこのカラスたちのために100個くらいの桃を確保しているのだそう。そうすると、このカラスたちがよそからやってくるカラスを追い払ってくれるのだとか。100個の桃がセキュリティー料といったところか。できることなら、その100個もあきらめてくれれば有り難いのだが。

 この日、収穫の主役は「日川白鳳(ひかわはくほう)」。収穫期が比較的早い「早生(わせ)」の品種で、実が硬めなのが特徴だ。阿部さんによると「桃は一般的に中心にある種が硬くなってから果肉が肥大していくけど、日川白鳳のように種が硬くなる前から一緒に肥大していく品種は、早く収穫できるんです」。
 バケツの中で重なり合う桃を見て「こんなに重ねても下の方の桃はつぶれないのですか?」と阿部さんに尋ねてみると「日川白鳳は硬いからこのくらいなら大丈夫」との回答。桃といえばとろけるような食感をイメージする人も多く、硬い=未熟と思われがちだが、熟していく中で果肉がやわらかくなる品種と、硬いまま熟していく品種があり「リンゴのようなシャキッとした食感が好き」というファンも多い。しかし「やわらかくて、つるっとむける」そんな桃のイメージが一般的なので、スーパーなどでは硬い桃へのニーズは低く、あまり出回らないそうだ。食べ比べてみるとそれぞれの特徴が分かりやすく「私は硬め派」「僕はやわらかめ派」と自分の好みを知った上で品種を選んでみるのも面白い。
 硬い桃にはもう一つ特徴があって、普通の桃は最も大きくなる収穫時に糖度も最大値になるのに対し、硬い桃は糖度が最大になった後にさらに肥大し、そうするとピーク時よりも少しだけ糖度が下がるそうだ。だから「硬いけど甘いというのは生産者にとってはハードルが高いんですよ」と阿部さんは言う。
 収穫した桃は選果機にかけてサイズ別に分ける。量りの付いたトレーがベルト状に連なった選果機に一つ一つ桃載せて流すと、重いものから順にコンテナへと転がっていくという仕組みだ。ごろーん…ごろーん…とのんびり転がり落ちる様子がユニークで愛らしい。転がり落ちた桃同士がぶつかって傷んでしまわないように素早く仕分けなければならないので、ピーク時は10人くらいで作業するそうだ。
 この機械は重さ300グラムから180グラムまで20グラム刻みで選別できるのだが、たとえば200グラムと220グラムの桃を見比べてみると、たった20グラムでも違いがあることが見て分かる。500グラムを超える阿部白桃は、この機械では量れない。そして同じ500グラムでも見た目の大きさが異なることもあるようで、詰め合わせのバランスが難しいのだという。
 お届け用のサンプルを撮影し阿部さんと桃の話で盛り上がっていると、香代子さんが「どうぞ」と桃をみんなに振る舞ってくれた。お皿の上に、まるまるとした桃、そしてフルーツナイフが添えられている。桃好きならむき方のコツをご存じだとうが、あらためて香代子さんに実演してもらい、初めて桃をむく人もそうでない人もチャレンジ。種に沿って切り込みを入れ、瓶の蓋を開ける時のように切り込みの上下をぐりんとひねって種から果肉を外すのだが、果肉の付き方によっては思うようにいかないこともある。食べる前から良い香り。編集部はうまくむくことができず、結局まるごとかじりついた。リンゴほどではないが、シャクッと歯ごたえのある果肉。「硬いっていうのはこういうことか! 好きかも」編集部は声をそろえた。かぶりつくたびにあふれ出す果汁が手のひらをつたって落ち、一気に喉がうるおった。
 するとさらに香代子さんが紅桃をスライスして出してくれた。先ほどの日川白鳳とは色が全く違い、その名の通り美しい紅色。食感はなめらかで、桃といわれてイメージするようなフルーティーさがストレートに伝わってくる。
 これまで桃の品種を意識する機会はあまりなかったが、阿部農園の取材を通じて、桃の見方が随分と変わったように思う。この夏は、いつにも増して桃に注目してしまいそうだ。編集部の「桃レベル」はグンとアップしたが、それでも桃の世界のほんの片隅にしか過ぎないのだろう。

阿部農園公式サイト
http://abenouen.flips.jp/

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。