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ひろしま食物語 ひろしま食物語

この田畑で何をする? 答えはここにしかない

2022年11月執筆記事

庄原市高野町
高野ぼちぼち農園

渡邉 拓昭

 渡邉拓昭さんはサラリーマンから農家に転向し、東日本大震災を機に関東から、ここ庄原市高野町に夫婦で移住した。縁もゆかりもなく知人のつてで初めて知った町だったが、清らかな水と空気、昼夜の寒暖差など、どこか東北の米どころを思わせるような、おいしい作物をつくるのに適した気候風土に心を決めた。
 「冬は1メートル以上も雪が積もって何もできません。だからシーズンをピタッとあきらめることができて、ある意味、休めます。それも自分には合っている。こんなことを言うと、頑張らないみたいに思われそうですが、うちは『ぼちぼち農園』ですから」と渡邉さんは笑う。
 農園名の「ぼちぼち」は、農作業している時などに「ぼちぼちやりんさい」と周りの人がかけてくれる言葉から。「ぼちぼちって、良い言葉ですよね」。ふっと肩の力が抜ける、ほっとする響き。心にゆとりのある暮らしを願い、放っておくとつい頑張りすぎてしまう自分に言い聞かせる意味もあるそうだ。
 ところで、山の木々は農薬も肥料もやらないのに、なぜあんなに生きられるの? そんな素朴な疑問を抱いたことはないだろうか。自然界では微生物が土壌の中を動き回って木々や草花などの植物に必要な養分などを運び、植物は光合成によって微生物に必要な養分を与え、互いの働きかけが循環することで山の植物たちは生き続けることができる。この仕組みを田畑で実現するのが「炭素循環農法」で、高野ぼちぼち農園ではこの考えを基に、農薬も肥料も使わず健康な農作物を育てることを目指している。健康な作物が食べたひとを健康にしてくれるはず、と信じて。
 「うちの野菜は腐りません」と渡邉さん。え? 腐らない?「腐るのではなく、水分が抜けて枯れるんですよ」。そう言われると、確かに自然界の植物は腐っているのではなく、枯れていくように思う。腐敗するのは肥料に含まれる栄養分が作用するためで、だから自然界の環境を再現した田畑で育った農作物は最後、腐るのではなく枯れていくのだそうだ。自分や家族が口にするものは、腐るものと枯れるもの、どちらを選びたいだろう。

そうやって一生を終える農作物から、渡邉さんはできる限り自分の手で種を採取する。このように自家採種などによって、性質が受け継がれていく種を「固定種(さらに限定された地域で残っているものが在来種)」といい、高野ぼちぼち農園では基本的に固定種を使っている。
 一般的に多く流通している農作物は、安定した品質を求めて異種を交配した種「F1種」からつくられている場合が多い。いわゆる雑種で、一代目においては優れた品質が期待でき管理もしやすいのだが、そこから種を採取しても二代目以降は同じ結果が期待できないため、毎年新たな種を買わなければならない。
 一方、渡邉さんのようにその畑で育った農作物から採れる種「固定種(在来種)」を使って繰り返し育てていく場合、時を経るごとにその土地の風土に合った、病害虫に強い健康でたくましい農作物へと徐々に品質を高めていくことが期待できる。
 ただ、F1種を使うのであれば、収穫後にすぐ別の作物に植え替えることができるため効率的だが、自家採取する場合は花が枯れて種が取れるようになるまで待たなければならず、その間、同じ場所で作物を育てることはできない。それでも渡邉さんは、その畑の土とこの場所の気候風土の力を最大限に借りて、農作物の生涯に寄り添う道を選ぶ。
 渡邉さんが大根とニンジンから採取した種を見せてくれた。箱の中に小さなつぶつぶが無数に散らばっている。「見るからに面倒くさいでしょう。だから趣味ですよ。たとえば、去年の夏に植えた大根の種が採取できるのが今年の6月頃。自家採種は生産効率、経済効率が悪い。でもこれが本来の植物の一生。それを見届けるのも悪くはないかなって」。

 就農した当初は、農業や食の世界に関わる矛盾を変えていけるような役割を、少しでも担うことができればという自分なりの正義感のようなものを抱いていたこともあった。さまざまな農法を学び、研修や農家の集まりなどにも参加して参考にしようと思ったこともあった。でも「今は全くない」と言う。
 「自分は自分で好きなことをさせてもらっているのでいいやと。人は人。その人の畑とそれを取り巻く環境の中で、その人の考え、その人の働きでつくるからこそできるものだから、どんなに真似しようとしても同じものはできません。結局は、目の前の田畑と向き合い、リアクションをちゃんと拾うことが大事。ベースとなる理論は必要だけど、知識ばかり入れてもダメ。答えはここにしかない。ここで自分がどういう意識で何をするのか。ものができるかどうかは、それに尽きます」。
 話の合間に「面倒くさいですよ」と言いながら見せる渡邉さんの苦笑いも、どこか明るく見えるのはなぜだろう。「この畑で出来ちゃった野菜たちが本当においしいから、やめられなくて」なるほど、そういうことか。
 8月〜10月、高野ぼちぼち農園の田畑は色とりどり、形もサイズもバラエティー豊かな実りの季節。微生物と渡邉さんが力を合わせて生み出した植物たちが、この季節を待ち望むお客さんたちの手元に届く。オクラもピーマンも生でパクッといただける。そのおいしさはどこからか引っ張り出されたようなものではなく、彼らから広がる旨味や甘みはとても自然で、体がほしがっている部分をそっと埋めてくれるような優しさと、自然に育まれたたくましさを備えている。

高野ぼちぼち農園公式サイト
https://takanobbn.cart.fc2.com/

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。