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ひろしま食物語 ひろしま食物語

宮島と生きる段々畑

2016年9月執筆記事

広島県廿日市市宮島町
中岡農園

山本悟史・山本千内

 宮島桟橋でフェリーを下り、左手に進む。観光客でにぎわう嚴島神社や商店街を背に車を走らせると、世界的観光地とは思えないゆったりとした時間が流れている。梅雨明け前、人のいない包ヶ浦自然公園の砂浜は静かに海開きを待っていた。のんびりと歩く鹿を見つけて「お、やっぱり宮島だ」。
 しばらくすると細い山道に入る。右へ、左へ、Uの字に、くねくねと続くカーブをクリアしながらグングン上っていく。気づくと、木々の合間から瀬戸内海をずいぶん見下ろす高さ。途中、鹿がこちらをチラリと振り向きピョンと横切った。道端の茂みからも鹿の視線。お次は、目の前を鳶がバサッと飛び立つ。別の日には斜面をコロコロと駆け上がるウリ坊も見かけた。「動物たちの住みかにお邪魔しているんだな」そんな気持ちになる。

 桟橋から20分ほど走ったころ、農園に到着。鹿などの動物が侵入しないよう入口には背の高い鉄の門。中に入るとたくさんの石が組まれた段々畑が青々と広がり、下の畑から千内さんが笑顔で歓迎してくれた。背中におわれた1歳の千草ちゃんが、じっとこちらを見つめている。上の畑から悟史さんも手を振って迎えてくれた。
 振り返ると眼下には瀬戸内海。穏やかな波間に小さな島が浮かぶ瀬戸内らしい風景が清々しい。畑の一画に炊事場があり、悟史さんのお父さまが作ったという屋根と、日よけのすだれがかかって、ちょうどいい陰に覆われている。木製のテーブルにはいつも家から持参するという手作り弁当の包み。そばには千草ちゃん用のベビーサークルやおもちゃも。畑仕事の合間にここで休憩し、お弁当を囲んで語り、お茶を飲む。朝昼夕と宮島の空の下で過ぎていく山本さん一家の1日が目に浮かぶ。川から引いた水が管をつたってサラサラとシンクに流れ落ち、涼しげな水音を立てていた。

 私たちが到着した時、二人は出荷の準備中だった。中岡農園の野菜は直売のみ。島内なら山本さんが配達、島外は宅配便で、定期的に届けられる。炊事場の作業台では千内さんが野菜を仕分け。シシトウ、オクラ、ツルムラサキ、椎葉胡瓜、ゴーヤ、ズッキーニ…朝とれたばかりの多彩な夏色野菜がゴロゴロとトレーに並ぶ。「うちの野菜は色が自然でしょう」千内さんが言った。確かに、「鮮やか!」というより、瑞々しく透明感のある優しい色をしている。
 多少の傷や不揃いな形でも見切らず届けられるので、それも含めて自然が作った姿なのだと、受け取る側は感じ取ることができる。ただ「自然農だから傷や不揃いは当たり前だというのは傲慢。しっかり手を掛けて良質な野菜を届け、自然農で素晴らしい野菜ができることを知ってもらいたい」と千内さんは言う。

 くるりと渦を巻くシシトウは「この子がお皿に乗っていたら可愛いですよね」、先がカールしたシシトウは「この子は踊っているみたいで楽しそうでしょう」と、まるでわが子のように「この子」の個性を語る千内さん。食卓にいろいろな形の野菜が楽しげに並ぶと子どもも喜びそうだ。規格外の野菜が格安で売られていることがあるが、大きさや形が違うだけなら、同じ価値として好きなものを選ぶ。そんな買い方があってもいいような気がした。
 中岡農園では一般的に流通している「F1種」ではなく「固定種・在来種」の種を使用している。味や形が均一で早くたくさん育つF1種と違って、固定種・在来種は同じ野菜でも個体差が出る。それが個性となって豊かな風味を生み出し、何世代にもわたって受け継がれた種は、徐々に気候風土に適応して、その土地ならではの味わい深い野菜を実らせるのだ。千内さんは出荷する野菜を一つ一つ、赤ちゃんに服を着せるように新聞紙でくるんでいった。

中岡農園公式サイト
http://nakaokanouen.main.jp/

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。