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ひろしま食物語 ひろしま食物語

とろ〜り優しくとけていく、台唐餅

2019年5月執筆記事

廿日市市友田
前川農園

前川すずみ・池田淳子

 2月19日、あいにくの雨の中、前川農園へ。今日は前川農園の人気商品「台唐もち」を作るための餅つき。お正月はとっくに過ぎているが、なんだかお祭り気分でワクワクしてしまう。
 「台唐」とは足ふみ式の臼のこと。餅つきといえば、人が杵を振り上げ振り下ろし、それを幾度も繰り返して、臼の中の餅米をつく様子が思い浮かぶが、台唐による餅つきはさらにダイナミック。臼を地面に固定し、長い柄の付いた杵の片側を踏みながら、シーソーのような要領でつく。この様式を「唐臼」というが、その足踏み部分に台が付いたものが「台唐臼」というわけだ。
 外のくどで薪だきされ準備していた餅米が、フンフンと湯気を上げながら蒸し上がりを知らせる。釡からそっと蒸籠を取り出して、むちむちの餅米をぽってりと臼に移し替えると、冷え切った大気にホクホクの湯気が一層際立ち、その香りに食欲がそそられる。
 よし! と勇ましく台に上がったのは姉のすずみさん。慣れた足つきで、リズミカルに杵を振り下ろす。テコの原理を利用するから力自慢でなくとも疲れにくく、手で杵を振り下ろすことを思えば格段に楽だという。とはいえ、杵そのものが大きいのだから、テンポ良く踏むとなると、当然それなりの力とコツが必要となる。
 一方、淳子さんも手際よく餅を返していく。すずみさんと淳子さんはさすが姉妹。息ピッタリで、餅米がどんどんきめ細かい「お餅」に仕上がっていった。
 台唐の魅力は作業効率だけではない。大きな力がしっかりと伝わるから、とてもなめらかな食感で、よく伸びるお餅になるのだとか。つき終わって台に上げられたお餅はつやつや! まさにすべすべの「もち肌」である。この食べものを「餅」と呼ぶようになった由来には諸説あるが、「もち」という響きが、この姿、この食感になんとも素晴らしくマッチしたネーミングだなとあらためて感心する。
 すずみさんと淳子さんがクルクルと丸めて、丸く平べったいお餅がどんどん行儀良く並んでいく様子に、ただただ見とれてよだれをたらしている編集部。そんな私たちに二人から「食べてください」と神の声。
 七輪で片面を焼き、裏返すとくっきり網の目が刻まれている。なんだかメロンパンを思わせるが、餅である。少しずつ厚みが出て、やがてプゥ~とふくらんで、コロンとまあるく焼き上がる。程よく焦げ目をつけて香ばしく。つきたて&焼きたてアツアツを砂糖醤油で、いただきます! なんて贅沢。やわらかいなんてもんじゃない、この舌触り。もう一つ、もう一つと、いくらでも食べてしまいそうな勢い。台唐という新鮮な体験を楽しみ、そこから生まれたおいしさに、口いっぱい幸せが広がったひとときだった。
 姉妹が心を込めて育てた餅米を、前川家に残された台唐でつく。そんな前川農園ならではの「台唐もち」は商標登録されている。味はひら、あらかね、よもぎ、きび、古代米、さくら、ゆずの7種類のバリエーション。台唐もちの大きな特徴は先ほども述べたとおり、その風味と食感だが、それは昔ながらの道具とそれを使いこなす人の力と技がなせる、現代の機械では出せない味わい。餅つきを楽しみ、自分たちでついた餅をみんなそろっていただく。そんな古き良き日本の文化を思いながら口にすると、一層味わい深い。すずみさんと淳子さんは、台唐もちを通じて昔ながらの温もりあふれる文化が伝承されることを願っている。

4月6日、前川農園では今シーズンの作付けに向けて土づくりがスタートしているとのことで、その様子を見せてもらいに圃場へ。前回伺ったのは3月19日、その頃はまだダウンジャケットを羽織って丁度いいくらいの寒さだったが、それから2週間あまりの間に、すっかり春の日差し。肌をなでる風にも刺すような厳しさはもうない。
 まずは大蒜畑へ。収穫までにはまだ1カ月はかかりそうだが、以前見た時に比べて茎が太くなっており、土の中で着実に成長していることがうかがえる。すぐそばにはラッキョウも。こちらもまだまだ小さいが、葉をこすると、うん、間違いなくあの香り。
 数分ほど歩いて別の圃場へ。こちらでは大蒜のほか里芋、ジャガイモ、枝豆、のらぼう菜、レタスなどたくさんの作物を育てている。到着すると、すでにすずみさんがせっせと作業中。前日までに馬糞をまいておいた圃場に、もみ殻くん炭、苦土石灰、草木灰をまいているという。
 簡単に説明すると、もみ殻くん炭とはもみ殻を低温でじっくりいぶして炭化させたもので、保水力を上げたり、微生物が住みやすい環境を整えたり、作物が元気に育つための土壌づくりにさまざまな効果を発揮する。苦土石灰は炭酸カルシウムと炭酸マグネシウムを主な成分とする強いアルカリ性肥料で、栄養を補給し酸性に傾いた土を中和するなどの作用がある。草木灰は剪定した草木などを燃やした灰で、カリウムや石灰分などの栄養が豊富な肥料。
 それぞれどのくらい入れるかは毎年の作物の出来映えを見ながら調整しているという。昨年は上手くいった配合が今年も上手くいくとは限らない。毎年が勉強なのだ。
 まき方にもひと工夫。風上に向かって後ろ向きに進むことによって、自分に降りかかることなく、風の力を借りて広くまんべんなくまくことができる。すずみさんの顔をすっぽりと覆う黒いマスクは防じんと日よけを兼ねた優れもの。集中したい時はさらにこれにサングラスをかけるらしいが、そんな出で立ちで作業するすずみさんを見れば、誰もが話しかけることを躊躇するだろう。
 淳子さんも合流して作業開始。くん炭をまいたり、雑草を取ったり。姉妹は特別打ち合わせをするでもなく、会話を交わすでもなく、それぞれが黙々と動く。辺りを見渡すと、隣の圃場で別の農家さんが一人作業をしているだけで、人の姿はない。
 暖かい日差しを浴びて、時折吹く風に春を感じ、静寂の中で姉妹の姿を眺める。聞こえてくるのは鳥の鳴き声と、少し離れた道路をたまに走り抜けるかすかな車の音。呼吸をすれば香ばしいくん炭の香り。この日は土曜日ということもあってか、どこか時間がゆったり流れているような…水色の空と緑の山々に囲まれたのどかな田園風景とやわらかな空気に、心がほぐれていく感覚を覚えた。圃場に立つ1本の桜の木もふわふわと花々をまとい、豊かな実りを祈って見守ってくれているようだ。
 くん炭を巻き終えたすずみさんが、ヘルメットをかぶりトラクターに乗り込んだ。中学生の頃から運転していたというだけあって、慣れた手つきで、ゆっくりと丁寧に圃場を耕して進んでいく。どっしりといかつい重機を操る姿が勇ましい。
 大蒜畑では淳子さんが、明日の雨に備えて追肥の作業中。一旦手を止めてもらって、ツーショット写真をパシャリ。二人ともナイススマイル! 姉妹がありったけの心を込めた作物たちが元気いっぱいに育ち、この笑顔が何度も見られる1年でありますように。そう願って、収穫を楽しみにしつつ前川農園を後にした。

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。