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ひろしま食物語 ひろしま食物語

自然と、動物と、家族と、ずっと

2020年9月執筆記事

三次市三良坂町
チーズ工房 三良坂フロマージュ

松原 正典

 主に三良坂フロマージュの店舗運営を担うのは、松原正典さんの妻である郁衣さん。二人の出会いは2000年、出会った当時から正典さんは牧場を開く夢を語り、それを聞いた郁衣さんは「牧場についての知識はありませんでしたが、動物が好きだったので、いいねって。大変さを知らなかったから(笑)」と明るく笑う。
 郁衣さんは結婚後も1年くらいはそれまで勤めていた広島市内の会社に三良坂から通勤していたが、チーズ工房のオープンが決まったことで退職し、正典さんと二人三脚の「チーズ人生」がスタートした。
 「会社を辞めて酪農を始めると言った時は、周りはみんな不安だったと思います。当時広島にはチーズ工房がありませんでしたから。成功するかどうかも分からないのに本当に始めるの? と。でも二人でやると決めたので、前に進みました。長年自営で店を経営している父は励ましの言葉をくれましたね」。チーズ工房を開くなら本場で勉強した方がいいと、正典さんをフランスへと送り出した。

 正典さんが帰国して工房を開いたものの、最初から思うようなチーズはできなかった。広島市内の飲食店に毎日のように出かけて試食を頼んで評価をもらい、改善してまた持ち込むことの繰り返し。二人で試行錯誤を重ねた。
 一方で、県内初のチーズ工房としてメディアに取り上げられる機会にも恵まれ、少しずつお客さんが訪ねてくるように。当時提供できるのは3種類ほどだったが、オープンの翌年に国内のチーズコンテストで受賞したことでまたメディアの注目を浴び、さらに客足が伸びた。「二人とも会社を辞めて収入がなかったので、チーズが売れて収入を得られる喜びをかみしめながら、頑張ろうと思えるようになりました」。
 それでもまだまだ納得いく味を追求する日々は続いた。どうすれば求めるチーズができるんだろうと製造工程に頭を悩ませながら、二人で改善策を考え試作を繰り返した。
 工房を開いて10年が過ぎた頃、ようやくフランスのコンテストで金賞を受賞。二人で築き上げた味が本場で認められたことは、二人にとって大きな自信となった。

 「チーズは結果が出るまでがとても長い。おいしいかどうかを判断できるようになるまでに1カ月くらいかかるものもあります。最近になってようやく自分の中で作り方が分かってきたと思えるようになりました。長くかかりましたね(笑)」。
 基本的には正典さんのアイデアで商品化が進められるが、郁衣さんのアイデアが加わって完成することも。店頭で販売されるチーズのほとんどを正典さんが直々に手がけるが、郁衣さんも数種類の製造を担っている。「ここのモッツァレラを食べたらほかのものが食べられなくなると言ってくださる方もいて、うれしいですね。リコッタやモッツァレラはちょっとやわらかめに仕上げ、日本人好みに作っています」。

 2006年には長女が誕生。それから8年の間に四児の親となった松原さん夫妻。郁衣さんは、なんと出産当日の朝まで店頭に立ち、産後一週間で復帰したというから恐れ入る。「あの頃は大変でした。ミルクをあげていたらお客さんが来て、子どもを置いたまま接客して(笑)」。もともと正典さんの実家で暮らしていたが、四人目が誕生したのを機に自宅兼店舗を建てて現在に至る。当時を知るお客さんには「いつもおんぶしていたよね、大きくなったね」と声をかけられるという。
 そんな郁衣さんを正典さんもしっかりサポート。郁衣さんいわく「夫は私よりも子どもの世話をしてくれている気がします。店番でほとんど動きが取れない私に代わって遊んだりミルクをやったりオムツを替えたり。夫の親族はみんな子ども好きで扱いが上手なのでとても助けられました」。
 自宅兼店舗の周りで暮らす山羊たちのお世話は子どもたちの担当。取材当日もつなぎを着こなしお手伝いに励む息子さんの姿があった。「子どもたちにも農業に関わってもらいたいという思いがあって、ずっと動物たちの世話を任せています。夫は何百年も続く店を目指しているので、子どもたちに受け継いでいってもらいたいですね。もちろん全く違う何かに興味を持つこともあるかもしれませんが。夫が自営するのは、家族と過ごす時間を大事にし、家族と幸せになりたいという思いから。この思いを従業員たちにも伝えていきたいですね。そして、こんな田舎でもこんな店ができるんだよと、若者たちにも伝えたいと話しています」。だからこそ、酪農をやってみたいという若者を受け入れてノウハウを惜しみなく教えている。後世まで引き継がれていくような農業や暮らしを実現することが正典さんと郁衣さんの願いだ。

 山羊や牛たちに囲まれたのどかな生活は、端から見れば、時間に追われることのないゆったりした印象を受けるかもしれない。しかし三良坂フロマージュの業務は店頭から裏方までさまざまで、実際は多忙な毎日だ。そんな中でも「一歩外に出れば自然が広がって、子どもたちは敷地内で存分に遊んで、牛、山羊、カエルの声を聞きながら眠る。すごく癒やされながら、素晴らしい環境で子育てができているなと実感します。一方で、大切に育てた動物の最期を見ることも。そんな悲しみを、子どもたちもたくさん経験します」と郁衣さん。豊かな自然と動物たち、そして家族。かけがえのない命のつながりを、子どもたちは知らず知らずに全身で学んでいるのだろう。

三良坂フロマージュ公式サイト
https://m-fromage.com/

三良坂フロマージュ

三次市三良坂町仁賀1617-1
定休日/日曜日
営業時間/10:00~16:00

※商品が品切れになった場合は早めに閉店することがあります。
またチーズ製造や配達のため、数十分間、お店を閉める場合があります。

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。