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ひろしま食物語 ひろしま食物語

子どもたちの未来へ、三つの種まき

2020年11月執筆記事

世羅郡世羅町
ReSEED

森澤 祐佳

 ReSEEDを開いて7年「当初描いていた『儲かる農業』の仕組みがまだできていないことが悔しい」と森澤さんは言う。実際に自ら農業に全力を注いでみて分かった、厳しい現実がある。泥にまみれて大変な思いをして、その努力が実る時もあれば、無情にもそうはならない時もある。「そんな農業を、ただやみくもに勧めても、実際どれだけの人がやりたいと手を挙げるだろうと、正直、難しさを感じています。だから、農業だけではなく、たとえば加工品を作る仕事、それを販売するレストランの仕事など、農業から広がる事業も生み出していけば、そこに関わりたいと思ってこの町で働く人も出てくるんじゃないかなと、考えるようになりました」。
 厳しさを実感しつつ「上手に野菜をつくるということに関してはある程度成功していると思っている」とも。「芽が出た時、収穫した時、お客さんがおいしいねって喜んでくれた時、その感動は、一から育てているからこそ。厳しい分、やりがいはものすごく大きいことは確かなので、できる限り多くの人にその喜びを感じてもらって、農業を続けてくれる人が増えてほしいと願う気持ちは変わりません。そのためにはやはり、農業によってきちんと生活が成り立つ仕組みづくりは欠かせないと思っています」。そろそろかつての教え子たちが成人する頃。今も連絡を取り合う子も多い。その子たちに自分の仕事や活動を知ってもらって、ここで働きたいと言ってくれる子が出てくれば、森澤さんにとって、これ以上うれしいことはない。

 教員を辞めると子どもたちに告げた日のことを、今でも思い出すという。「辞めることは新聞で発表があるまで子どもたちに言ってはいけないんです。辞めると分かっていながら、黙ったまま何カ月間か過ごさなければならないのはつらかったですね。新聞発表は、学校の年度が終わるほんの数日前。ちょうど3年生を受け持っていました。発表があった日、みんな知っているはずなのに、子どもたちが何も言ってこないんです。ものすごくかわいそうなことをしているなと胸が痛みました。別の先生に、子どもたちが何も言ってこないと話したら、その先生が子どもたちに気持ちを聞いてくれたんですけど『さみしくて何も言えない』『僕らのせいで辞めてしまうのか』と思っていたみたいで。それを聞いて自分から子どもたちに話しました。自分がどんな思いで辞めるのか、もちろんみんなのせいではないこと、新しい夢ができたことを。その子たちがちょうど今、高校3年生なんです」。

 何もなくて住みにくい町だな…そう思って暮らし始めた世羅町は今「めっちゃ住みやすいですね」と声を大にして言えるくらい大好きな町になった。町の魅力を聞いてみると「まず景色の美しさに感動します。毎年、田んぼがきれいだなと見とれながら通勤します。青かったり黄金色だったり季節によって田んぼの顔が変わり、その変化を楽しんでいます。あの景観を保てるのは、おじいさんやおばあさんが腰を曲げて一生懸命草刈りをしてくれているから。私が住む世羅西地域の人たちはとても優しくて、私みたいなよそから来た人間を先生と認めて育ててくれたことに、とても感謝しています。だからこそ恩返ししたいと思ったのが農業を始めた原点であり、今も自分の志として残っています」。

 今後は、野菜作りを継続しながら、新たなプロジェクトを思案中。生鮮野菜だけでなく、野菜を生かした加工品をもっと増やし、この秋本格的に始動したオンラインショップもより充実させていく予定だ。
 さらに「こんな田舎町でも子どもたちに新しいことを教えてあげられるような場所をつくりたいと考えています。たとえばプログラミングとか。今回、新型コロナウイルスの影響で、リモートワークなど新しい働き方が広がりました。だから、知識や技術や環境さえあれば、この町でやりたい仕事ができるんだと示し、子どもたちが帰る町、新たに若者が集まる町にもなれるのではないかと思っています」。
 農業を起点に、この町が秘めた可能性を探り、自分にできることを模索しながら、育ててくれた町と愛する子どもたちのために奮闘する日々。まだまだ続きそうな森澤さんの挑戦の先には、子どもたちの笑顔があふれる世羅町の未来が輝いている。

 「ReSEED」には「もう一度種をまく」という思いが込められている。森澤さんが就農してからこの夏までは「せらにし旬菜園」という農園名で活動していたが「農業」の領域にとどまらず「農業から広がる豊かな暮らし、自分たちで創り出す未来の世羅」を見据えて活動の幅を広げるべく「ReSEED」としてリブランディング。今の子どもたちが社会に出ていく十数年後とその先の理想を描き、今と変わらぬ美しい田園風景に囲まれ、夢のあるライフスタイルが叶うまちづくりを目指して「三つの種まき」を掲げ、新たなプロジェクトを始動した。
 一つ目は「農業での安定雇用を目指し、新しい名物を作る」、二つ目は「インフラ整備によって、世羅にいながら望む仕事に就ける環境を整える」、三つ目は「オンラインラーニングなどを通じて、世羅の子どもたちが最先端の教育を受けられる環境を整える」。
 若者の流出が深刻な課題になっている町は少なくない。世羅もその一つだが、命の営みに欠かせない農業も、目まぐるしく移り変わる時代に欠かせない最先端技術や情報も、どちらかだけではなくどちらも大切にしながら、一人一人が自分らしく豊かに生きられる社会が実現したら…想像するだけでワクワクする未来が、今、世羅の大地で静かに芽吹き始めている。

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。