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ひろしま食物語 ひろしま食物語

健康な土を食べてほしい

2021年3月執筆記事

広島市安佐南区沼田町
中岡農園

中岡 亮

 この記事中にもすでに二人の「師匠」が出てきたが、人生のさまざまな局面で指針を示してくれる人との出会いには恵まれているという中岡さん。高校で3年間担任だった先生もその一人だ。
 進路に悩む時期にその先生が贈ってくれた言葉は「好きなものを見つけるのではなく、自分がこれだと決めて始めたものを、とことん好きになりなさい。目の前のことに『これじゃない』と思う人は、何をやっても同じことを思うものだから」。
 今、中岡さんは農業を好きになれているのだろうか。「始めてみたら、思っていたのと違うと思うこともありましたよ。農業は『きつい』『きたない』『きけん』の3Kといわれる仕事ですし。でもほかの仕事をしたいと思ったことはありません。辞められたら楽だろうなと思ったことはあります。でも今辞めてほかのことをしても、きっとまた同じ理由で辞めたくなるだろうな、同じ悩みで行き詰まるだろうなと思うんです。もう一度人間に生まれ変われたらやりたい仕事はありますね。でも今のこの人生では、ほかの仕事は考えられない。時々農業が好きなのか分からなくなることもありますけどね(笑)」。

 最初は引け目もあった。農大を出ていきなり個人事業主として就農した中岡さんは、ある先輩に「サラリーマン経験がないから人生経験が足りない」と言われ、同世代が経験することを自分はできていないのではないかと悩んだ時期もあった。
 高校から農大に進学する際も、周りはみんな、四年制大学や専門学校など先輩が築き上げた就職ルートに乗って進んでいく。自分が通う普通科の高校から農大に進んだ先輩の実績もなければ、農大を出ても農業に従事している先輩はほんの一部という現実。自分はみんなより三歩くらい後ろを歩いているのではないか…そんな不安に苛まれた時もあった。
 それでも自分が選んだ道に毎日必死で向き合い、少しずつ結果が表れ自分自身の成長を感じられるようになるにつれ、そういった負の感情は徐々に薄れていった。
 3月には子どもが生まれる予定。自分が田舎のおじさんに憧れたように、わが子が憧れるような父親でありたい。農家になれと強要はしないけど、農家を継ぎたいと思えるような仕事ぶりを見せたい。中岡さんの背中はいろんな未来を背負ってどんどん大きく強くなっている。

 中岡さんは自分が育てるほうれん草を「食べられる土で育ったほうれん草」と胸を張る。「実際は分からないけど、うちの土のイメージは『ケガした足で入っても化膿しない土』。土って、雑菌の温床でもあるけど、良い菌の温床でもあるんです。抗生物質をつくる放線菌も土から見つかったんですよね。健全な土で育った野菜は土由来の免疫をもっていて、病気への抵抗力や害虫を寄せ付けない強さなどを土から得ています。だから『良い野菜』をつくるというより『良い土をつくれば必然的に野菜は良くなる』というイメージで臨んでいます。野菜を食べていただくというよりは、土を食べていただく感覚で、土づくりにはものすごく力を入れています」。
 誰も肥料をやらないのに青々と茂る雑木林。木々が落葉して、それを微生物が分解して、段階を経て構成された養分を、木々が吸い上げる。そんな大自然のサイクルを思うと、土の威力を感じざるを得ない。

 そんな中岡さんが思い描く未来は?「何年か前に学生さんが見学に来た時、5年後のビジョンを教えてくれといわれて答えられなかったんです。すごく恥ずかしくて『師匠なら何て答える?』って聞いたら『俺も明確なものはないよ。5年後の目標を設定してコツコツ積み重ねるのも一つのやり方だけど、毎日自分にできる目一杯の仕事をコツコツ積み重ねるのも、結局は変わらないんじゃないか。今の積み重ねが5年後の自分よ』と。それから僕は、その時できる一番いい仕事を常にしようって考えるようになりました」。今の中岡さんが積み重なって、5年後、10年後…その時々でどんな姿を見せてくれるのか、楽しみだ。

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。