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ひろしま食物語 ひろしま食物語

勧められない。でも、やめられない

2021年11月執筆記事

尾道市向島町
おのみち潮風生姜

原田 裕士/由佳里

 就農当初は、いずれ尾道を生姜の産地にできたらいいなと考えていた二人だが、別々の農家あるいは他人同士が、同じ思いで理想を目指すことの難しさも痛感しているという。

 これまで、就農したいあるいは生姜をつくりたいという人と何人も出会ったが、熱意や感覚は人それぞれ。「生姜は機械化が進んでおらず、ほとんどが手作業で、とても神経質に手をかけてあげないといけない。ほんの少し色が変わっているだけでも、それを見逃したら致命傷になることもあります。一見問題なく見える株でも、放っておくと周りに悪影響を及ぼす恐れがあるものもあって、それを見極めて潔く抜いてしまうという判断をしなければならないことも。生姜づくりはとても面白いのですが、とてもシビアだから、そういったことができないとうまく育てることは難しい。どこまで見えるか、何が気になるか、どれだけ手をかけられるか、その感度や程度が人それぞれなので、生姜農家になることを、誰にでも簡単には勧められないと思っています。家庭菜園など目が届く範囲でちょっとつく分にはそんなに難しくないのですが、事業として成立させるには、徹底的な管理が必要です」。

 同じ理由で、従業員を増やすということも今は考えていないという。「私たちと同じ感覚で作業してもらうことはなかなか難しいと感じています。細かく伝えたり指導したりする余裕も今はないので、規模を拡大して人を増やしていくのではなく、二人で管理が行き届く適正面積で、身の丈に合った小さくて強い農業を経営していけるよう、しばらくは栽培技術の向上と、個人農家がきちんと生活できる経営スタイルの模索に力を入れたいと思います」。

 生姜農家になるためのハードルは、栽培の難しさだけではない。技術サポートが受けにくいこと、さらに初期投資やランニングコストが多いということも、相当ハードルを上げている。何度もお伝えしているように、育てるのが難しいということは、失敗のリスクが高いということ。であれば、できるだけコストをかけずにすませたいというのが一般的な考えだろう。しかしまずは農作業用の機械や、収穫後の貯蔵に使う専用の予冷庫など高額な設備が必要となる。

さらに、原田夫妻は品質に決して妥協しないので、土づくりに必要な資材にもこだわりが。資材は毎年土に漉き込んで消えてなくなってしまうものだが、良い生姜をつくるためには「コスト削減のために資材の質を落とす」という選択肢はない。しかしどんなに優れた資材を使っても、天災や天候など別の要因によって不作となる可能性はゼロではない。そういったリスクを覚悟した上で、生姜づくりにかけられるかどうか。ある意味、度胸が問われる決断といっても過言ではない。

 実は原田夫妻の潮風生姜は、ネットショップ1店を除いて、スーパーや直売所などではいつでも買えるわけではない。限られた店で、常連さん限定、季節限定、予約限定といった限られた形で売られている。以前マルシェに参加したことがあるが、日ごろの農作業のスケジュールを調整して準備し当日店頭に立つのは、思った以上に大変だったという。さらに、生姜の需要が最も高いのは冬だが、寒さに弱い生姜を会場で1日中外気にさらすことに抵抗を感じ、販売方法にとても悩んだとも。もちろんお客さんの声を聞いたり参加農業者と交流するなど学ぶことは多かったというが、継続することは難しい。自ら直売したりインターネットで販売したりするのも、対応を考えると現段階では厳しい。自分たちで加工品を開発・販売することに関しても同様だ。「だから、今回、食べる通信を講読されているこんなにたくさんの皆さまに、私たちの生姜を食べていただけるのは本当にうれしい」と、こちらもうれしくなるようなお言葉をいただいた。

 「生姜を買ってくださっている取引先さまは、皆さん、私たちには考えられないようなすてきなメニューや商品をつくってくださっているので、餅は餅屋、その道のプロにお任せして、私たちは『生姜のプロ』でありたいと思っています。うちは自分で加工品を作るセンスも、売る力もありませんが、うちの生姜を使って商品を開発して販売したり、お料理として提供してくださったり、そんな皆さんのおかげで、安心して栽培に専念できます。だから生姜を買って応援してくださる企業やお店、その先で商品を買ってくださるお客さまには本当に感謝しています。ありがとうございます! 料理にも、飲物にも、おやつにも、お風呂にも…健康に、美容に、こんなに使い道があって、どんな形であれ体にいい。こんなに魅力的な作物はなかなかありません!」最後の最後まで生姜への愛は止まらない。

 原田家でも健康のため、積極的に生姜を取っているという。娘さんも生姜大好きっ子だそうで、少々辛めでもパクパク食べるというから、将来が楽しみだ。食卓に生姜が並ぶと娘さんは「これはお父さんとお母さんの生姜?」と尋ねてくるそうで「そうよ」と答えると「じゃけぇ、おいしいんじゃね!」と喜んでくれるらしい。なんてかわいいんだ…。由佳里さんいわく「気を使ってくれています(笑)」。生姜を食べて元気いっぱいに大きくなってほしいものだ。彼女もそのうち、畑で生姜と会話できるようになるのかもしれない。

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。