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ひろしま食物語 ひろしま食物語

腐れ縁の相棒

2017年5月執筆記事

広島県呉市蒲刈町
蒲刈町漁業協働組合

兼田治・沖本国男

 4月7日午前7時。この日は漁に同行するため、編集部スタッフは蒲刈町を訪れた。あいにくの雨。温度計は15℃だが、太陽は隠れ、雨に打たれていると、体感は数字よりもひんやり肌寒い。初めての漁にドキドキしつつ、カッパの上からライフジャケットを着用して船に乗り込んだ。
 案内してくれるのは蒲刈町漁業協同組合青年部部長の兼田治さん(2017年5月1日付で蒲刈漁協代表理事組合長に就任)と、同じく青年部の所属で、兼田さんの20年来の相棒である沖本国男さん。二人とも蒲刈生まれの蒲刈育ち。子どもの頃から顔は知る仲だったが、兼田さんは朝から晩まで仲間と野球に打ち込むやんちゃな少年、沖本さんは朝から晩まで海で泳いだり島を探検したりの自然児。「まさかこうして一緒に漁をするなんて夢にも思わんかった」と兼田さんは笑う。兼田さんの両親は以前町内で民宿を経営しており、兼田さんは民宿の手伝いをしながら漁を営んでいたのだが、そこで沖本さんが働くようになったのが縁で一緒に漁に出るようになり、今に至る。
 兼田さんは沖本さんについてこう語る。「あいつは海におってもなぜか山ばっかり眺めよるし、知識だけは一人前で講釈ばっかり垂れるし(笑)。ついてこいって言ったつもりもないし、(一緒に働くようになったのは)自然な流れだったね。まぁ、向こうも腐れ縁じゃと思うちょるじゃろうけど。でも、あいつがおらんにゃ、わしはつぶれるじゃろうね。おらんかったら、もう(漁師を)やめちょるじゃろうね。わしの息子らのこともすごくかわいがってくれるし、家族じゃねぇ」。

 兼田さんが舵を取り、船は引き波を描いてグングン沖へと進む。スピードは意外と速い。空から落ちてくる雨と海面から飛んでくるしぶきが、冷たい潮風と共にぶつかってきて体を濡らす。30分くらい走ると、沖本さんが動き始めた。兼田さんの漁法は主に刺し網漁。編み目の大きさの異なる網を、狙う魚種に合わせて選び、海底に張って捕獲する。狙う魚は網目に刺さると逃げられないが、編み目よりも小さな魚はすり抜けるため、狙った魚を比較的効率よく捕獲できる。この日の標的は鯛。沖本さんがスルスルと網を海に降ろしていく。その網で漁場を囲い込むように船がぐるりと旋回する。網を張り終わると、バシッ! バシッ! 今度は重りのようなもので海面を思いきりたたき始めた。魚を驚かせ、仕掛けた網に追い込むそうだ。
 兼田さんも操縦席から下りてきて、二人で網を引き揚げる。しばらくすると空の網を揚げながら沖本さんが「(魚が)おるよ、おるよ」。なぜ分かるのか聞いてみると「野生の勘よ」といたずらげに笑う。ジョークだと思ってみんなも笑っていると、すぐに鯛が揚がってきた。サイズは普通だと言うが、目の前で鯛が揚がってくるとテンションが上がる。この時期、産卵のため浅瀬に群衆する鯛は、鮮やかな赤色をまとっており「桜鯛」と呼ばれ珍重される。

 その後も何尾か鯛が揚がってくる中で、サメ、エイなどにもご対面。高級魚として人気のアコウが掛かったことは幸運だ。しかし「今日は全然ダメじゃね」と兼田さんと沖本さん。取れるまで続ける時もあるが、この日はおよそ1時間で切り上げることに。比較的近場の漁場だったので、港に戻ったのは、出港から約2時間後のことだった。メバル、ヒラメ、サヨリ…目標は時期や日によってさまざまで、シーズンによってたこつぼやイカ篭も手がける。4月下旬から9月の観光シーズンは遊漁船も出しており、漁業体験が人気だ。さらに、ひじき漁もなくてはならない柱の一つとなっている。
 オニオコゼは5~6月にピークを迎える。一般に流通することはあまりないため、普段スーパーなどで見かけることはほとんどない。料亭などで出される高級魚のイメージを持つ人も多いのではないだろうか。特に冬場のオニオコゼは希少だが、蒲刈では今の時期に大漁となる。その味は、ユニークでいかつい容姿を良い意味で裏切る、美しくやわらかな白身と淡泊で上品な味わいが魅力。豊富に揚がるこの時期に、ぜひ家庭で手軽に味わってもらいたいと兼田さんもお勧めする。

 「子どもの頃からとにかく海が好きで好きでもてんかった(たまらなかった)。人生横道にもそれたけど、海を好きな気持ちだけはずっと変わらんかったね」という兼田さん。幼稚園の頃から、漁師だった父親と一緒に海に出るのが楽しみで仕方なかったが、不思議と漁師になろうと思ったことはなかったという。
 中学の時、いろいろあって家も島も出たかったこともあり、中学を卒業すると全国を回るタンカー船の乗組員として働いた。一度出港すると半年間は寝ても覚めても海の上。仕事自体そんなにつらいわけではなかったが、1年くらいたった時、無性に蒲刈に帰りたくなり帰郷。蒲刈漁協に入り、漁師をしながら民宿を営む両親のもとで働くように。これが兼田さんの漁師人生の始まりとなった。のちにパートナーである沖本さんと出会ったのも、前述の通りである。現在、民宿は従兄弟が引き継いでいる。  民宿から離れて漁師ひとすじで暮らしていくつもりだったが、呉市の指定管理者制度で特産品の販売所「蒲刈おさかなセンター 潮騒の館」を蒲刈漁協青年部が請け負うことになり、今に至っている。

蒲刈直売所「潮騒の館」

広島県呉市蒲刈町宮盛1320-15
Tel.0823-66-1137
営業時間/8:30~18:00
定休日/火曜日

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。