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ひろしま食物語 ひろしま食物語

救世主「蒲刈ひじき君」

2017年5月執筆記事

広島県呉市蒲刈町
蒲刈町漁業協働組合

兼田治・沖本国男

 そんな厳しい海の事情と戦う兼田さんたち漁師にとって、救世主となったのがひじきだ。「魚はとれん日もあるけど、ひじきはシーズン中に浜辺に行けば必ずとれるけん、ありがたい」。かつて、海が豊かだった時はひじきなんて漁師がとるもんじゃないと目もくれなかったが、今では大切な収入源の一つとなっている。特に兼田さんが鉄釜にこだわり丁寧に処理し商品化している「蒲刈ひじき君」には根強いファンがいるほど。蒲刈の特産品として欠かせない存在だ。

 ここでひじきの豆知識を少し。四方が海に囲まれている日本では、古くからワカメ、アラメなどのほかの海藻類とともに、ひじきは日本人の食生活に欠かせない食材だった。特に近年、自然食ブームや健康志向の高まり、ダイエット食ブームなどで、ニーズが拡大傾向にある。食物繊維や鉄分、カルシウムなど現代人に不足しがちな栄養成分を多く含んでおり、低カロリーでもあることから注目されている。
 ところで、流通している約9割が韓国・中国産であることをご存じだろうか。1970年代に、弁当や惣菜関連市場の拡大とともに、ひじきの需要が増大。さらに、学校給食の食材にひじきが利用されるようになり、需要がさらに増していった。それまで国内産だけで足りていたひじきは、国内の原料だけでは不足気味となり、1970年代後半より韓国から、1990年代からは中国からの輸入が始まったのだ。現在では、国内で流通しているひじきの約9割が韓国・中国産、国内産は約1割となっている(輸入統計2015より)。国内産のひじきは100%天然ものだが、韓国・中国産は、ほとんどが養殖だ。
 ひじき製品は「芽ひじき」と「長ひじき」とに分かれる。芽ひじきは紡錘形の葉の部分で、気泡部分にあたり、長ひじきは茎の部分。1本のひじきから採れる割合は、8:2となっており、長ひじきは生産量が少なく、比較的高価で貴重だ。一般的に同じ製法であれば、芽ひじきは口当たりが良く、長ひじきは歯ごたえがあるといわれる。蒲刈ひじきは「芽ひじき」と「長ひじき」の混合となっている。

 1月31日午前4時、蒲刈町に到着。辺りはまだ真っ暗で、早起きの家の明かりがぽつりぽつりと灯るだけ。大潮のこの日、兼田さんはひじき漁に出るとのことで、合流して浜辺に向かった。暗闇の中、ヘッドランプと懐中電灯の明かりを頼りに浜辺に下りる。ヌルヌルの岩場は油断すると滑ってしまうので、恐る恐る砂浜へ。足もとを照らすと、至る所にもじゃもじゃとひじきが。こんなにあるのかとびっくりだ。兼田さんたちは3人で黙々と刈り続け、1箱また1箱とケースは山盛りになっていった。気温を確認すると3℃。手はかじかんで固まり、体の芯まで冷え切って背骨が凍っているような感覚だ。ひじきを刈り始めて1時間ほどたった頃、この日の収獲は終了。引き上げることになった。

 港に戻ると採ってきたひじきを、まずは海水で、次に真水で、ザブザブと洗っていく。洗い方が甘いと風味に影響するので、丁寧にしっかりと。その向こうでは、薪で火をおこし、大きな鉄釜で湯を沸かし始めていた。赤々と燃えさかる炎がうっすらと明け始めた空に映える。何より、極寒でカチカチの体を溶かしてくれる炎の暖かさが救世主のようでありがたかった。
 グツグツ沸騰する湯に、洗ったひじきを投入。浮いてくるひじきを沈めるように大きな木のヘラでかき混ぜる。巨大な木のふたで重しをし、吹きこぼれそうになるとまたかき混ぜる。約2時間、付きっきりでこの作業を繰り返す。時間が短くても、放置してもダメ。蒲刈ひじきが求める品質にはこの手間が欠かせない。ゆで汁が赤くブクブクと泡立ち、ひじきは色濃く変わっていった。
 ゆで上がったら、次は干していく。空はすっかり明るく、目覚めた鳥たちが気持ちよさげに飛び回っていた。何列にも並んだ網の上に、均等に日光と風が当たるように薄くまんべんなく広げていく。菜箸でもつれた固まりをほぐすように手作業で、地道に。ここで完全に乾かさないと、湿気がカビなどの原因になってしまうので、とても大切な工程。しかし乾き加減は天候次第。日照と風、両方がそろわなければ上手く乾かない。条件が良ければその日の夕方には乾ききるが、悪ければ数日かかることも。
 完全に乾いたら、混ざっている不純物を一つ一つ手で取り除き、ひじきだけをパッケージして、ようやく商品となる。
 正直、自分がいつも口にしているひじきができるまで、ここまでの手間暇がかかっていることに大変驚いた。今後ひじきを口にする時、これまで以上にありがたみを感じることは間違いない。ひじきの加工工程にはいろいろあるが、兼田さんは、人の手と目をしっかりかける方法を守り続けている。その惜しみない手間が「ここのひじきじゃないと!」というファン心をガッチリつかんでいるのだ。

 蒲刈ひじきは11月~3月にかけて収穫する。この時期に収穫するひじきは「寒ひじき(早採れひじき)」と呼ばれ、藻体が小さく柔らかいという特徴から、この時期のひじきが一番おいしく、風味が良いといわれている。近年では、加工技術が発達し、春先に収穫したものも寒ひじき同様に柔らかく、風味を残すことも可能になっているといわれるが、手作り感を大切にする兼田さんたちは寒ひじきにこだわりを持っており、兼田さんが「蒲刈ひじき君」として世に送り出すひじきは12月~2月のいわゆる「寒」の時期に採れる、やわらかく風味が良いひじきだけ。3月になると品質が低下するので、加工業者用に出荷する分を採るだけで、商品化はしない。

 一番の特徴は「鉄釜」でゆでていること。最近ではステンレスなど鉄以外の釜を使用することも多いが、兼田さんは鉄釜にこだわっている。ひじきは栄養豊富な食材で、100グラムあたりの含有量を見てみると、カルシウムが牛乳の12倍、食物繊維がごぼうの7倍、マグネシウムがアーモンドの2倍も含まれている。ビタミンBや葉酸なども豊富で、しかも低カロリー。そして、なんといっても鉄分が豊富に含まれているので「鉄分の王様」といわれてきた。しかし、その事実は過去の話という説も。現在のひじきには、それほど多くの鉄分は含まれていないとか…。文部科学省は2015(平成27)年末、「日本食品標準成分表」の改訂版を公表。これによると、鉄分が改訂前の9分の1以下に減っている。以前はひじきを煮る時、鉄製の釜が使われていたが、近年、使われる釜が鉄製からステンレス製に代わり、ひじきに含まれる鉄分が減ったというのだ。つまり、ひじきに含まれていた鉄分は鉄釜によるもので、ひじき自体に含まれている鉄分は多くなかったということ(諸説あり)。このことも、蒲刈ひじきが、昔ながらの鉄釜にこだわる理由だ(ちなみに日本ひじき協議会では、ひじきの「蒸煮」の場合、釜の材質によって鉄分含有量は変わらないと推測している)。兼田さんは成分検査を実施し、「蒲刈ひじき君」にしっかりと鉄分が含まれていることを確認している。黒々とした色も天然。兼田さんのひじきは、海藻の香りと旨味が広がる混じりっけのない風味が自慢だ。

 兼田さんがひじき漁を始めたのはおよそ10年前。「魚を取りたい一心で漁師になって、ひじきには見向きもせんかったよね」。しかし、徐々に魚が減っていく現状に、生活していくためには何か手を打たないと…と危機感を募らせた時、目に留まったのがひじきだった。兼田さんの販売所では、近隣の人たちが本業である農作業の片手間に収獲し商品化したひじきを仕入れて販売していたが、これがよく売れていた。これほど売れるなら始めてみようと、ひじき漁を開始。とはいえ、ひじきについて何の知識もなかったので、勉強のため徳島の産地を訪れた。ズラリと鉄釜を並べて作る光景が印象に残り、ここのやり方をベースに取り入れてみることに決めた。
 実は蒲刈町はひじきの宝庫。町を取り囲む海岸はどこもひじきが豊かに生息しており、周辺の漁師からは羨望の的だ。「今の歳にしかできんのじゃないかと思うくらいしんどいですよ。最も寒い時期に、朝早くから付きっきりで、採るところから後工程まで、どの工程もハードですからね。毎年体はボロボロ。早くシーズンが終わらんかの~と思いますよ(笑)。でも採れるうちは採れるだけ! っていう体になってしまって(笑)。それでも、どうしてもうちのひじきがええって言ってくれるお客さんがたくさんおって、ものすごいうれしいんです」。
 同じ蒲刈のひじきの中でも兼田さんのひじきは大人気。なぜそんなに差が出るのか?「よく聞かれるんですけど、愛情を込めてつくりよるけぇとしか言いようがないんじゃけどね(笑)」。鉄釜にこだわり、洗い方、湯がく時間、混ぜ方、干し方、後工程…浜辺のひじきが「蒲刈ひじき君」になるまで、一つ一つの工程が手間暇の積み重ね。ひじきと食べてくれる人への愛情があるがゆえだ。
 兼田さんの奥さん直筆の商品名や、袋にサッと詰め込んだような無造作感など、思わず手に取ってしまいたくなるような、漁師による手作り感あふれるパッケージも味があって好評だ。商品名に添えられている「海からの贈り物」という言葉。「この言葉が一番好きなんですよね。海にあるものは何でもわしらにとっては宝」と兼田さん。この言葉は、ひじきを商品化した時にみんなで考えたのだそう。今ではほかのすべての商品にもこの言葉が添えられている。

蒲刈直売所「潮騒の館」

広島県呉市蒲刈町宮盛1320-15
Tel.0823-66-1137
営業時間/8:30~18:00
定休日/火曜日

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。