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ひろしま食物語 ひろしま食物語

1隻1隻がセンスと技術を駆使して

2019年7月執筆記事

呉市吉浦中町
もみじ水産

三宅敏郎

 6月13日午前3時前。10日に解禁になったばかりのちりめん漁取材のため、編集部は呉市海岸へ。到着後すぐは人影もなかったが、しばらくするともみじ水産の漁師が一人二人と集まり始めた。辺りは真っ暗。操舵席の明かりがひときわ明るく見える。

 もみじ水産では2つの船団に分かれて漁を進める。一つ目の船団は久保田さん率いる3隻構成、もう一つは山本さん率いる4隻構成。各船団のそれぞれの船に異なる役割があり、乗組員も違う。漁の全体像を分かりやすくお伝えするために、編集部は船から船へと乗り移りながら漁の一連の流れを見せてもらうことになっていた。

 3時半を回り、いざ出港。まずは久保田さんが指揮を執る船へ。この船は昨年新造されたばかりの最新型で、外装にもまだ真新しさが感じられた。操舵席には海をさまざまな角度から映し出す4つのモニターが置かれ、それらを確認しながら船の位置や障害物を把握する。その一つが魚群を探すための探知機(魚探)で、群れで移動するちりめんを見つけ出すのに欠かせない機器だ。出発後の魚探にはちらほら魚の影らしきものが動いているが、目的のしらすはまだ見えず。
 今日の狙いを久保田さんに尋ねると、まずは前日に獲った海域を目指すという。真っ暗な海上をスイスイと進んでいく。
 船内はまだ、雑談を交えつつ和やかムード。この日、日付が変わって間もなくで無理矢理たたき起こした体も、ようやく目覚めてきた頃、辺りにうっすらと朝日の気配が。時刻は4時半。『ひろしま食べる通信』を創刊して以来、海から昇る朝日を何度か拝んだ。どれも寝ぼけまなこでスタートした1日だったが、朝日に照らされる海のきらめきを目にすると「頑張って早起きして良かった!」と毎回清々しい気持ちになる。

 間もなく5時、モニターを見ると目的の海域付近に到達しようとしていた。ほかの船から久保田さんに無線が入り始める。耳慣れない無線の声は聞き取りづらいが、当然ながら久保田さんにはしっかり伝わっているようだ。
 指揮官である久保田さんの役割は、魚群を探して、潮の流れや魚の動きを考慮して、別の2隻がどのように動けば良いかを判断し指示を出すこと。2隻は網を引く役割を担っており、指揮官の指示に従って網を引き魚を追い込んでいくのだ。魚探を確認しながら久保田さんが状況を伝え、動きを確認し合っている。至って落ち着いたやり取りだが「獲物」との勝負がいよいよ始まると思うと、徐々に緊張感が高まってきた。デッキではもう一人のスタッフが捕獲したちりめんを引き揚げる網の準備を開始。

 編集部が次に乗り込むのは、久保田さんの指揮で網を引く2隻のうち、順さんが乗り込んでいる船。久保田さんの船に横付けするように順さんの船が接近。しっかり船体を引き寄せてもらって飛び移った。今年高校を卒業したばかりの順さんの長男もこの春からもみじ水産に仲間入りしており、親子であり師弟でもある二人は同じ船上で一緒に漁に臨んでいた。
 ガラガラガラ…ローラーに巻き付けた網を海へ投入。もう1隻も同様に網を張り、2隻の連係プレーで網を操作する。その間、船は時速約1kmで航行しながらおよそ2時間かけてジワジワとしらすを追い込んでいくのだ。いかに潮と魚の動きを読み的確に動けるかが、その日の獲れ高を左右する。指揮の的確さはもちろん、網の扱いにも技量が問われる重要な局面だ。

 しらすは弱いため、捕獲した後の適切な処理が品質を左右する大きなポイントになる。そこで力を発揮するのが、髙原さんが責任者を務める船。水揚げしたしらすを船上で素早く氷で締め、鮮度を保ったまま港に運ぶのだ。
 というわけで、網を投入して約2時間が経過した午前7時、今度は髙原さんの船へ。デッキには氷をたっぷり張ったボックスがスタンバイ。海中から網をたぐり寄せ、クレーンでグイグイ引き揚げていく。海水を散らしながらようやく全貌を現した網には、タプタプどっさり!しらす一匹の大きさはご存じの通りとても小さい。それがこの網にはいったい何匹!? と思うと気が遠くなる。見るからにずっしり重そうなちりめんの大群に、網も悲鳴を上げているようだ。これらの一連の作業を、毎日5時~15時まで数回に渡って繰り返す(1日のうち網を張ることができる時間はルールで定められている)。
 氷でキンキンに締められたしらすは一匹一匹が透き通った美しい白色。それが籠いっぱいに集まるとツヤツヤのグレーに見える。獲れた分の一部はさっそく買取業者が引き取りに来て船で運んでいった。あとは自社の加工場に持ち帰り、釡揚げにしたり、生のまま急速冷凍したり。

 編集部は第1便のしらすと共にひと足お先に港に戻り、加工場で釡揚げにする様子を見せてもらった。この加工場は今年導入したばかり。生しらすだけでなく、獲ってすぐに釡揚げしたしらすのおいしさを届けたいという思いから設置した。白い湯気を上げてブクブクと泡立つ熱湯に次々に投入されたしらすは見事な白肌に。
 加工場を見学していると、うれしいことに釡揚げしたばかりのしらすのおすそ分けが。まだ温かい真っ白なしらすをパクリ。フワッとほぐれて口の中にしっかりと旨味が広がる。お醤油も必要ない。しらすの味をこんなにもハッキリと噛みしめ、もっと食べたいと欲したことがあっただろうか。この感想は決して大袈裟ではなく、おそらくこのおいしさは、獲ってきたばかりのしらすを即釡で揚げ、揚げたてをその場で口にするという最短ルートならでは。この場所、この瞬間にしか味わえない希少で貴重な体験だったに違いない。この素晴らしい体験を多くの人に提供する術は、残念ながら今現在はまだないのだが、これこそが、敏郎さんがたくさんの人に届けたい、知ってほしいと切に願い、試行錯誤している究極の釡揚げしらすなのだろう。

 漁期には自社で運営する飲食店「シーラス」に毎日獲れたてしらすが直送され、その日のランチで「朝獲れしらす」として提供される。編集部もこの日のランチはシーラスへGO。この時期ならではの格別の風味を求めて、店内はたくさんのお客さんでにぎわっていた。朝獲れの新鮮さに加えて、自分たちが今朝お供させてもらった漁で獲れたしらすという特別感。ほおばる瞬間は、この上ない贅沢感に包まれた。

 「シーラス」は3年前に広島市の鉄砲町に1号店を出店して以来、呉市本通、広島市の横川と毎年出店を続け、現在は2店舗を展開。一番は自社で水揚げした自慢の生しらすをたくさんの人に味わってもらいたいという思いから。さらに自然相手でどうしても不安定になりがちな漁業を柱とする企業として、もう一本柱を築いておきたいという狙いから。
 敏郎さんいわく「この時期は生しらすがおいしい季節だとイメージが定着するにはまだまだですが」とのことだが、当初から意識していた若い女性層をはじめ店の認知度も上がり、年々業績も安定してきているようだ。自社の加工場で特殊な技術を使って鮮度を保ったまま急速冷凍するので、年中楽しむことができる。

 しらすの旬は6~8月。この時期に海底にいるしらすは太陽光を浴びないので色が白く美しいのだという。シーズン中、もみじ水産では朝獲ってきたばかりの生しらすをその日の昼には直営店や自社敷地内でお客さんに食べてもらうというイベントを開催する。
 盆を過ぎる頃から秋頃になると徐々にしらすが海面の方へ上がってくるため、色も変わり、小魚など混ざり物も増えてくるそうだ。
 ただ、しらすの価格を左右する最も大きな要因は全国的に水揚げ量が多いかどうか。多ければ美しいしらすでも価格は下がり、少なければ多少色が悪くても高く付く。近年は高値が付く傾向にあり、それはつまり全国的にしらすが減ってきていることの表れともいえるだろう。

 シーラスを訪れたら、特に味わってほしいのは生しらす。他県には生しらすが有名な観光地もあるが、広島ではまだおなじみとはいえない。「県内でこんなに美しいしらすが揚がるのだから、ぜひもっと多くの人にしらすの魅力を知ってもらい、広島のグルメとして名前が挙がるまでに育てたい。さらに、しらすといえばもみじ水産を思い浮かべてもらえるくらいに自分たちも成長したい」それが敏郎さんの願い。そんな未来を現実のものとするために、飲食の現場を取り仕切っているのが部長兼シェフの松原 明大さんだ。
 松原さんは料理人を志して調理の専門学校で学び、卒業後は結婚式場やデパートなどで経験を積んでいたが、転職を考えていたある日、求人広告でシーラスがオープニングスタッフを募集していることを知った。「しらす漁の会社がしらすとイタリアンを掛け合わせた料理を提供するというのが面白いな」と興味を持った松原さんはさっそく応募。2016(平成28)年8月からシーラスのスタッフとしてもみじ水産に仲間入りした。それまで積極的にしらすを食べる習慣はなかったというが「広島には生しらすを食べるという文化は根付いていないし、しかも自社で水揚げした新鮮なしらすを広めていくという新たな挑戦が楽しみでした。自社で一貫して手がけられるのは強みでもあると思いました」。
 その後、1号店の店長に抜擢され今年の3月まで勤めていたが、もっと広い視点でシーラスの展開を見据えるために部長職を担い、両店舗を統括することとなった。シーラスの業績はこの3年間、順調に推移しており、今年は宣伝やメニュー開発にも一層力を入れて飛躍を目指したいという。「今までは店長として自分の店舗目線の思考が強かったけれど、部長になってからは切り替えて、一歩引いた目線で、より良くするにはどうするべきかを考えるようになりました」。松原さんの心の中にはどのような未来が描かれているのだろうか。
 それでも「できるだけシェフとして調理の現場にも立ちたいですね」と料理への情熱も冷めることはない。「しらすは和のイメージが強いかもしれませんが、いろいろなジャンルと掛け合わせて楽しめる食材。当店はイタリアンベースですが、定番の丼や、しらすをシンプルに味わえる食べ比べセットなど、どのメニューもしらす本来の風味を感じられるよう、しらすの魅力を生かすことを第一に考えています」と語る松原さんの一番お気に入りの食べ方は「生しらすならやはり、ちょっとだけ醤油を垂らしてシンプルに」だそう。ちなみに、定番メニューの丼以外は各店舗それぞれのオリジナルメニュー。店の雰囲気にも個性があり、両店を訪れればよりいろいろなしらすの魅力を味わえるだろう。
 「自社で獲った新鮮なしらすを新鮮な状態で届けたい。そこに自分の手を加えることで、お客さまに喜んでもらえるメニューを届けたい」という松原さん。何より「自社の水産部の漁師たちが頑張って獲ってくれたものだから、より一層、良い状態で届けなければという気持ちも強くなります」。漁師の顔が見えるからこそ、彼らの努力を決して無駄にはできない。
 「朝獲れたてのしらすは、甘みも旨味も格別」と松原さんが太鼓判を押す旬の生しらす。今年も漁の行方が楽しみだ。

もみじ水産公式サイト
https://momijisuisan.jp/

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。