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ひろしま食物語 ひろしま食物語

ポチじゃ、つまらん

2021年3月執筆記事

広島市安佐南区沼田町
ルンビニ農園

今田 典彦

 ルンビニ農園の誕生から6年が過ぎた2013(平成25)年、今田さんは周辺の農家に声をかけて「@land(アットランド)」を結成した。主に資材の共同購入、専門家を招いての勉強会、販路拡大、先進地視察などを目的としたグループだ。メンバーは現在20名。30代~40代を中心に20代から50代までがそろう。この結成は、農業に携わるようになってからずっと感じてきたJAや広島市の農政への疑問や不満が積もり積もった結果でもあった。
 「@landをつくったのは、みんなで協力して仲間がうるおう仕組みを作りたかったから。JAが主催するイベントに無償で駆り出されて、楽しかったね、はい終わり! みたいな活動が果たして組合員のためになっているのかと、JAの取り組みに疑問があったので、もっと農家のために有意義な取り組みがしたいと。JAの一党独裁で高い資材を購入しなければいけない空気もおかしいし。だから@landの共同購入では、JAも一卸売業者として見て、商品そのものの良さ、提案、情報、レスポンスなど、他業者と同等に検討します。最初はひどいことも言われましたよ。メンバーを集めて取りまとめて買うことで『袖の下』をもらっているんじゃないかとか(笑)。僕らみたいなJAに依存しないグループは全国にたくさんあって『第二の農協』なんて呼ばれますけど、JAがちゃんと組合員のために機能する組織であれば必要ないはず。JAの中にもそれが分かっている人はいるけど、変えようと行動はしない。不満はあっても言われたらハイハイとついていく。広島市は『三反百姓でみんな仲良く貧乏生活』で波風立てないのがいいみたいな風潮がある。JAや農政の言いなりになった犬みたいな、そんな彼らを僕は『おうちドッグ、ポチ』って呼ぶんですけど(笑)」。

 かといって、JAや農政に愛想を尽かして決別して終わりではない。昨年、今田さんはJAの総代に立候補し就任した。そこには、これから農業を良くしようという志がある人が率いなければ、広島の農業はどんどんつまらなくなってしまうという危機感がある。
 「JA広島市の中で総代は300人くらい。そこから50人くらいが理事になって、経営する立場になります。理事会で決まったことを執行役員が執行するので、今JA広島市の経営がうまくいっていないということは、理事がダメだということ。だから僕は理事になりたいと思っています。僕はポチじゃなくて、ちゃんと牙も爪もあるってことも示して、間違ったルールにハッキリとNOと言う。広島の農業を良くして面白くした方が楽しいに決まってるじゃないですか」。
 「今、JA広島市は経営がうまくいっていないので店舗の統合を進めていて、過疎地であまり利用がない店舗から閉められています。でもJAって本来、協力し合って助け合おうという組織のはず。それを『儲からないから閉める』なんていって弱者を切り捨てる。一般企業ならそれも仕方ないと許されるのかもしれないけど、協同組合がそれをやってはいけないでしょう」。

 JAや農政にもの申しているだけではない。当然、ルンビニ農園の経営自体を良くする努力は惜しまず、以前から賃金や労働時間、有給休暇の取得や社会保障などの整備を進めている。
 「社内で改善できることは当然努力しますよ。でも根本のルールが間違っていたら意味がないので、行政のおかしなところも併せて改善したいんです。自分でいうのもなんですが、社内の改善については、アイデアは出尽くしたといえるくらい進んでいます。もちろんこれからも考え続けますけど、これ以上良くしようと思ったら、やっぱり自社だけの問題でなく、行政とも農業という産業自体を変えないといけないと思っています。まずは他産業並みの給料や社会保障体制を整えて、古い体質の組織を自己改革しないと。農業への思いがあっても、産業として強くならないと守り続けることはできません。まず強くなること。広島の農業はその段階にあると思います」。

 ビニールハウス10棟からスタートしたルンビニ農園は2015(平成27)年に法人化した。
ここには今田さんなりの考えがあった。
 「仕事である以上、基本的に、個人事業主というのは、僕は0であるべきだと思っているんですよ。生計を立てられるくらい売り上げるのであれば、全て法人にすべきだというのが持論です。ちょっと小遣い程度に稼ぐというなら個人でもいいとは思いますが。仕事として人を雇っている以上、会社組織として法人とするのがあるべき姿ではないでしょうか」。
 同年には川内若農家の会を結成し、主に川内の農地保全や事業継承などを目的として活動中。生まれ育った町の農業課題解決にも取り組んでいる。名称の通り若く活きのいいメンバー15名が、広島菜という「文化的価値」を守るため切磋琢磨しており、彼らについては2018(平成30)年の『ひろしま食べる通信』Vol . 10(1月号)でも特集している。

 現在ルンビニ農園の圃場は1.2ヘクタール、ビニールハウスは50棟まで増え、5名の社員が日々交替で農作業に従事している。今期は小松菜を年間250トン生産し、売上は創業時の七倍にまで成長し、年商一億円にもリーチがかかる。面積あたりの収益は一般的な農家の2~3倍を上げ、年間を通じて安定供給できるため、大口の取引先からの信頼も厚い。
 なぜそこまで効率の良い生産が可能になるのか。「小さな改善をくり返しているだけです。特殊な肥料や特殊な機械を使っているわけではなく、基本はみんなと同じことをやっているだけ。でも、日によって種まきをミリ単位で調整するとか、水やりの時間を1分ずらすとか、微妙な改善を積み重ねています。50棟全て畑の性格が違うので、クセを把握して対応することも大事。それらを自分なりに数値化するなどして記録しています。あとはいかに僕と同じ感覚で従業員が作業できるか、そのためにどう伝えるかを試行錯誤しています。そして年間通じて詳細な計画を立ててそれを実行することですね。とにかく基本をおろそかにしない」。
 今田さんはトラクターをかけながら土の跳ね返りを見れば1カ月先の小松菜の生長が読めるという。一日一日、鋭い観察眼をもって畑に立ち続けてきたその結晶なのだ。

 これからもどんどん圃場を拡大していくのだろうか。今後について聞いてみた。「面積を増やせば給料が上がるかといえば、そうとは言い切れないんですけどね。僕も最初の頃は少しずつ面積を広げていたけど、今後の働き方を考えたら社員を雇って交替で休んだ方がいいなと考えるようになって。それからは、社員が増えて社員が家族を持てば給料を上げてあげないといけない。そのために面積を広げよう。そしてまた社員が増える、同じ理由で面積を広げようという具合に広がっていきました。これからも社員に正当な給料を払って社会保障もきちんと整えていこうと思ったら、現状維持では難しいので規模を拡大するという選択にはなります」。

 さらに今田さんの判断基準の一つは「面白いかどうか」にある。「お金儲けがしたいわけじゃない。いや、お金はあるに越したことはないですよ(笑)。でも結局、面白くないと続けられないじゃないですか。現状は、規模を拡大することが面白い。もともと作業者からスタートして管理する側になり、今は経営する側になって、自分がレベルアップしている。今の自分の能力ではこれだけの面積しか見られないけど、もっとレベルアップしたら、もっと広い畑を見られるようになるかもしれない。人を育てる力を身に付けられるかもしれない。そう考えると面白い、だからやってみたい。目的はお金儲けじゃなくて『面白いこと』。ポチになるのは全然面白くない(笑)」。

 今後も小松菜を作り続けるのだろうか。「僕は、どんなに思いがあっても、強くないと農業は守れないと思っているので、経済的にも最低限維持したいラインがあります。ルンビニ農園ではやはり小松菜が成長モデルとして完成度が高いので、このモデルを生かしてスケールメリットで収益をさらに上げ、従業員に還元したいと考えています。時々ほかの作物もつくってよと頼まれることがあるんですけど。今は小松菜で行けるところまで行って、社員の生活を保障できるところまで持っていくことが大事。社員がほかの作物をつくりたいと言えば考えるかもしれませんけどね。でも思いつきでうまくいくほど甘くないんで。僕も小松菜を形にするのに3年はかかっていますからね。僕を超えたければ、盲腸を切除してからですね(笑)」。

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掲載記事内容は取材当時のものであり、
現在の内容を保証するものではありません。